2016.02.27 Saturday

030 新聞寄稿文への異論 - vol.1

東京2020五輪エンブレム問題が起き、2015年8月28日に1位案の原案公表と使用継続の意思表示の記者会見が行われるも9月1日に白紙撤回となり、以降も組織委員会は真実を公表せず、審査委員としてマスコミに追われ、9月28日に組織委員会が開いた「東京2020エンブレム問題に関する報告」という記者会見で招待作家の存在が明らかになり、その3日後発売の週刊誌に招待作家の記事が掲載され、10月2日に組織委員会のマーケティング局長とクリエイティブディレクターが更迭され、さらに混迷が深まる様相をみせていた最中のこと、エンブレム・コンペの関係者による新聞寄稿文が10月5日の毎日新聞に掲載されました。

『‥‥参加者の立場で言うと今回の「公募」は開かれていたと感じている。1964年の東京五輪に始まり、札幌五輪、愛知万博などは全て、数名の指名コンペだった。それに対して今回は、応募資格を満たす104名ものデザイナーで競われた。閉じているどころか前代未聞の開かれたコンペだったのである。‥‥(毎日新聞 東京夕刊)』この文章は、旧東京五輪エンブレム・コンペの招待作家のひとりと公表され、2位案作者だったグラフィックデザイナーの原研哉氏が毎日新聞に寄稿した、『コンペ、明快な基準を─五輪エンブレム、不可欠な専門性』の一部です。(全文は毎日新聞デジタル版及び原氏の会社ホームページ上に公開されています。)

『前代未聞の開かれたコンペであったのである。』と、あたかも健全なコンペが行われたかのような錯覚を誘導する発言や、『さらに今度は特定のデザイナーへの参加要請が不当な行為であったかのように報じられ始めた。』との発言からは、旧東京五輪エンブレム・コンペの、なぜかいっさい公表されずに秘密裏に隠し通されて行使された招待作家という裏のルールが、あたかも正当な方法であったかのように思わせる印象操作の自己弁護が読み取れて、新聞という媒体で発言する内容とは思えずに、呆れ果ててしまいました。

『前代未聞の開かれたコンペ』とは一見聞こえが良い言葉ですが、その論旨の正当性を裏付ける根拠はありません。招待作家が秘密裏に進められたことで疑念の目を向けられたことへの心痛は察するものの、白紙撤回となった問題だらけの旧東京五輪エンブレム・コンペを肯定する発言を行うということは、不正審査が明らかになったいまとなっては、発言を撤回しないのであれば、結果的に不正審査を肯定する発言となるのではないでしょうか。今章では、新聞という公の場での原氏の発言への批評を軸に、五輪エンブレム問題について考えていきたいと思います。

旧五輪エンブレム・コンペには、受賞歴の有無という応募資格がありました。その受賞歴というのは、日本グラフィックデザイナー協会(JAGDA)、東京アートディレクターズクラブ(東京ADC)、東京タイプディレクターズクラブ(TDC)の所属者及び広告代理店所属のアートディレクターを中心に受賞者を輩出してきた賞であり、この応募資格が出品者の活動領域を限定したことも、「閉ざされたコンペ」の原因となりました。前回コンペの応募数104点に対して今回コンペは1万4599点の応募があり、応募数を比較してもそのことが明らかです。さらに具体的に説明しますと、受賞歴の条件があったことで、GKグラフィックス、PAOS、ランドーアソシエイツというコーポレート・アイデンティティ(CI)開発の専門性をもった国内屈指のデザイン・チームは参加できておりませんし、小学校から大学までの教育機関でデザイン教育に携わる教育者や研究というスタンスで活動する研究者、若いデザイナーたちは応募できなかったと思います。タイポグラファーやサインデザインの専門家たちも参加を断念せざるを得なかったことでしょう。このように、共同意識のアイデンティティーをデザインする専門家たちが応募できなかった原因となった応募条件の偏りというものがコンペに与えた閉鎖感と損失について、今後の教訓としなければならないと思います。

考察の論点を変えますが、日本には村上隆や奈良美智という、世界から賞賛を受け、世界をフィールドに活躍する、いまを生きるアーティストが創作活動を行っています。そして工芸家にも至高の造形家が数多おり、このように美学を日々探求し、極めている作家によって表現されたエンブレムがどんなものになったのか、尽きない興味がありますし、本質家の表現による日本独自のエンブレム・デザインに挑戦できなかったということは、スポーツ・イベントにおけるコミュニケーション・スタイルの新たな可能性の芽を摘むような、機会の損失だったと考えています。

『開かれたコンペ』という感覚的で曖昧なニュアンスの表現は、読む人に対して「だれにも出品の機会が与えられている、開放されている閉鎖的ではない健全なコンペ」というイメージを与えますが、実情は、指定された賞を2種以上受賞という偏った応募資格があったため、出品資格者はデザイン業界の中でも特定の領域で活動する人に限られました。表向きは「公募」という体裁をとっているもののその実は、招待作家制が秘密裏に進められたり、招待作家への優遇措置がとられたりと、重なる不正行為が行われた不正コンペであったことは、いまとなっては紛れもない事実です。「ご内密に」と書かれた文書が特定の出品者に事前に送付されていた、「表向きは公募という開かれたコンペの体裁をとりながら、実は、過去の事例と同様の閉ざされた指名コンペ」であった事実が露見したタイミングで、『前代未聞の開かれたコンペ』と歪曲し、旧東京五輪エンブレム・コンペを美化して語りたい原氏の発言の目的は何なのでしょうか。
 
平野敬子
 
平野敬子 デザイナー/ビジョナー コミュニケーションデザイン研究所 所長
白紙撤回となった2020東京五輪エンブレムの審査委員を務める

五輪エンブレム問題の
事実と考察
001 責任がとれる方法で 002 公募期間の短さ 003 『展開』『展開性』『展開力』 004 知らされなかった招待作家 005 ブログを読んで下さっているみなさまへ 006 利害優先の土壌 007 修正案承諾拒否の経緯と理由 - vol.1 008 修正案承諾拒否の経緯と理由 - vol.2 009 『公』の仕事 010 専門家の盾 011 秘密保持誓約書という密室 012 いまこそ、私心なき専門性を問う 013 判断の論拠 014 最終の審議 015 金銭感覚と敬意の相対性 016 表現におけるモラリティと表現者のモラル 017 言葉のちから 018 何のための調査なのか、調査の目的は何なのか - vol.1 019 何のための調査なのか、調査の目的は何なのか - vol.2 020 何のための調査なのか、調査の目的は何なのか - vol.3 021 何のための調査なのか、調査の目的は何なのか - vol.4 022 願い 023 摩訶不思議な調査報告書 024 負の遺産とならないように 025 出口なき迷路 026 届かぬ思い 027「社会に位置づくデザイン」という観点 028 無責任主義の村 029 審査委員として知り得た情報のすべて 030 新聞寄稿文への異論 - vol.1 031 新聞寄稿文への異論 - vol.2 032 1対3の構図 - 「A案」VS「BCD案」 033 今を生きる 034 負の連鎖……を断つために 035 欲望の公害 精神の断絶 036 イカサマ文書 by JAGDA - vol.1 037 イカサマ文書 by JAGDA - vol.2 038 イカサマ文書 by JAGDA - vol.3 039 事実はひとつ 040 新世界へ 041 JAGDA文書への意見と要望 ― 法律の専門家による分析 042 JAGDAの回答 JAGDAへの要望書 043 「要望書へのJAGDAの回答」に対する更なる質問 044 「意見書へのJAGDAの回答」に対する質問と提案 045 ブラック・デザイン
Tokyo 2020 Olympics Logo Controversy--Facts and Observations 001 My way of taking responsibility 002 Duration of contest was way short 003 “Development” “Development Capabilities” “Development Power” 004 Guest artists I wasn’t told about 005 To My Readers 006 A culture where special interests take priority 007 How and why I refused to accept the modified design - vol.1 008 How and why I refused to accept the modified design - vol.2 009 Strictly “public” work 010 Specialists as shields 011 Behind closed doors-secrecy surrounding a non-disclosure agreement 012 Time to put selfless expertise to the test 013 Rationale behind my decision 014 The final review session 015 Is the money mindset relative to paying respect? 016 Morality of expression and the morals of its creator 017 The power of words 018 An investigation for what? What is the purpose of the investigation - vol.1 019 An investigation for what? What is the purpose of the investigation - vol.2 020 An investigation for what? What is the purpose of the investigation - vol.3 021 An investigation for what? What is the purpose of the investigation - vol.4 022 My wish 023 Mystifying investigation report is out 024 In order to prevent a negative legacy 025 Stuck in a maze with no exit 026 A voice unheard 027 A viewpoint that calls for “design with a place in society” 028 A village with a policy of irresponsibility 029 Every piece of information that I garnered as a judge on the selection committee 030 Objections to a newspaper contribution - vol.1 031 Objections to a newspaper contribution - vol.2 032 The underlying picture of one against three - “Plan A” versus “Plans BCD” 033 Living in the moment 034 Putting a stop……to a negative chain of events 035 Pollution by greed and discontinuity of the spirit 036 Bogus document by JAGDA - vol.1 037 Bogus document by JAGDA - vol.2 038 Bogus document by JAGDA - vol.3 039 Every fact has only one version 040 Toward a whole new world 041 Opinion and request regarding JAGDA document―An analysis by a legal specialist 042 Reply from JAGDA Request letter to JAGDA 043 More questions re: "Reply from JAGDA regarding Request Letter" 044 Questions and proposal re: "Reply from JAGDA regarding Request Letter" 045 Rogue design